亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
彼の名を呼ぶが、彼は、振り返ってくれない。
いつもの様な無邪気な笑みを、見せてくれない。
ただ不気味な、闇を背負った背中を向けたまま…呟き続ける。
何が言いたいのか分からないユノの言葉に、やがて小さな嘲笑が混じり始めた。
時折肩を震わせて、彼は笑う。だが、その声音が笑ってなどいない事は、明確だった。
彼は、笑ってなどいない。
「……笑えない………本当に、笑えないなぁ……………何でかなぁ…何で、さぁ……」
「……ユ、ノ…」
再度彼を呼んだレトの声は、無意識で震えていた。ごくりと唾を飲み込み、勇気を振り絞って彼に歩み寄ろうと一歩踏み出した。
………勇気?……そんなもの、無くても彼に近付く事など容易いのに。
友達の。親友の傍に行くだけ、なのに。
なのに。
レトが踏み出した一歩の、軽い靴音が辺りに響き渡った途端。
―――…ユノの無機質な叫びが、この謁見の間の空気を貫いた。
「笑えない、笑えない、笑えない、笑えない、笑えない。おかしな事なんて何一つ無い。僕は王族でその末裔で確かに血を引いている。僕の血は本物で嘘偽りは無い、何も無い。何もおかしな事なんか無い。おかしな事、おかしな事なんか、何も無い、何も間違ってなんかいない、何も、何も、何処にも、僕には間違いなんて無い。無いんだよ、無いんだ。無い、無い無い無い無い無いに決まってる、無いのに、無いのにさ、無いのに無いのに、何で、何で何で何で何で………何で、どうして………………………………………本当、何で…さ…」
音も無く、彼はゆっくりと……。
こちらに、振り返ってきた。
暗闇の中でも、彼の表情は、はっきりと見えた。
彼はやはり、笑ってなどいなかった。