亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~






まるで、空に刃物で切れ目をつけたかの様な光景が頭上にあった。

いつもは黒一色の厚い雲に覆われた夜空には、この夜、雲の裂け目から月が覗いていた。

―――…半月だ。


半分に割れた、青白く淡い光を大地に下ろす月。
その珍しく美しい景色に、のんびりと目を奪われていたいところなのだが………大地を駆け抜ける雪は、当然ながらそんなことなどお構い無しに地上の生命に襲い掛かってくる。

なんとも奇妙な事だ。視界が霞むこの猛吹雪の中でも、頭上の月だけは例外ではっきりと見えるのだから。この夜は、やけに雪の勢いが激しい。突風も一向に止まない。下手をすれば、古い小屋くらいならば簡単に煽られてしまいそうな程だ。



……だが、今夜に限って襲い掛かってくるのは………自然現象ばかりではなかった。


それは街の民の誰もが予想だにしなかった、“襲撃”だった。


「―――炎を絶やすな!!」

「無理を言うな!!この天候だぞ!…点してもすぐに消えてしまう……!」

「………参ったな…………何だって急に…こんな…!」










…吹雪が行き交う暗闇の中。
とある大きな街の外壁には、今にも消えそうな松明を手に暗い街の外を見下ろす男達の姿があった。
厚い防寒着に身を包んだ彼等のもう片方の手には、鋭いナイフや槍が握り締められている。

張り上げる互いの声は妙に殺気立っているが、それもその筈。



この漆黒の闇でよく見えないが、男達が見下ろす外壁の向こうには、何処から湧いて出て来たのか………獣の群れが、すぐそこまで迫っていた。


あちらこちらから、敵意を剥き出しにした獣の呻き声や咆哮が響き渡る。その数は相当なものの様で、幾つもの怪しげな瞳が街をグルリと囲んでいた。



…獣がこうやって人間のいる街に襲撃をかけてくる事は、過去にも何度かあった。その度に手慣れた様子で街の民は返り討ちにしてきたのだが、今夜のこの獣の数は…尋常ではない。

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