亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
注がれる殺気も、何かが違う気がする。
何と言うべきなのか……こちらに突き付けてくる獣の視線のどれもが……獲物を見る時の物欲しそうな、そんな眼光だった。
日が暮れてから、遠くの谷や森からやけに遠吠えが響き渡っていた。そしてそれに伴う様に吹雪の勢いも増していき…夜更け前には、この様である。
何かがおかしい、と危険を感じ取った時には、もう手の打ち様が無かった。…これだけの獣の数だ。街からの避難など到底無理。せめて老人や女子供だけでも屋内や地下に篭っておくように伝え合った後、男達は武器を手に街の外壁に集まっていた。
…異常事態だ。真っ暗で何も見えないが、時間が経つに連れ、獣の数が徐々に増えてきている気がする。
「…南の街から返事がきた。…どうやらあちらも、同じ状態らしい……」
「………救援は無し、か」
「………どうなっているんだ…」
離れにある街の全てが、突然の獣の襲撃にあっているらしい。防壁が無い小さい街などはどうなっているだろうか。
「…仕方ない、ここはここで…俺達で今夜を乗り切るしかないだろう。…とにかく今は、一匹たりとも街の中に入れないことだ」
このデイファレトに棲息する獣は、どれも獰猛な生き物ばかりだ。…油断ならない。
高い外壁の上から見下ろした先は、何処も視界が悪い。不気味な呻きだけが聞こえてくる闇の底に目を凝らしながら、もっと明かりを、もっと明かりを…と松明を用意させるものの、無情にもこの冷風は吹き消していく。
これでは埒が明かない…と悪態を吐いていれば、とうとう数匹の獣が垂直の外壁をよじり登ってきた。
鋭い爪を壁の窪みに引っかけながら器用に登ってくるのは、四つ脚の獣。
だらし無く涎を垂らし、血走った目で男達を見上げてくるその姿には、誰もが恐怖を感じた。
「………このっ…!」
勢いを付けて跳躍してきた一匹に、一人が槍を振り下ろす。
鋭利な刃は体毛に覆われた無防備な腹部を見事に貫き、血を吐いた獣はそのまま落下していった。