亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
「……恐らく…アレスが望まぬ世を望んでしまったことが、貴方が選ばれなかった最大の理由であると思われます。……選ばれたレトは、街の民と狩人の真の共存を望んでいるようでしたからね……その思想は、神には望ましいものだったのでしょう」
そう言い終わった直後…終始動かなかった目の前の彼の唇が、ピクリと動いたのをノアは見逃さなかった。
薄っすらと開いた口から漏れ出る言葉は、まともな声になっていなかったが……その唇は「…レ、ト…」と言っていた。
すると次第に、彼を中心に濃い魔力が渦巻いていくのを感じた。
…これは大きな術が放たれる予兆だった。…それが、狙いだ。大きければ大きいほど、隙も大きくなるのだから。
(………来る…)
僅か数秒足らずで、ユノの魔力は大きく膨れ上がったらしい。
例えようの無いくらいの凄まじい圧迫感が、真正面からヒシヒシと感じた。空気が、まるで子供の様に震えている。
ユノとノアの間に、一際巨大な魔法陣が瞼を開いた目の如く現れるや否や…―――カッ…と、それは眼球を刺す青白い閃光を放った。
…円陣から這い出て来たのは、冷気を放つ吹雪の塊だった。僅かでもその手が撫でた箇所が、瞬時に凍てついていく。
悠然と佇むノアに、冷たい猛威は光の速さで襲撃した。
あっという間に目と鼻の先まで詰め寄ってきた魔力の塊に、ノアは、微笑んだ。
これが追尾のあるものではなく、直線的な攻撃であったことに、ノアは心の内で感謝した。
「私にもまだ、ツキが残っているようです…ねっ…」
…刹那、吹雪にのまれるかと思われたその寸前で、ノアの身体は緑色の細かな微粒子へと変貌し、分散した。
パッ…と散り散りになったそれは、吹雪が背後に過ぎ去ると同時に直ぐさま集結し、元の姿へと形を変えた。
…そして再び、ノアのシルエットが表に現れた直後…。
波紋の様に床に流れていたノアの長い長い髪が、水を得た魚の様に勢いよく床の上を這いずり回り……一瞬で、ユノの身体に絡み付いた。