亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
エメラルドの光沢を放つノアの髪は、がんじがらめに巻き付いてユノを拘束した。
彼の全身を這う魔法陣に、細い髪の束がじわりと食い込んでいく。
こちらをじっと凝視してくる赤い瞳が、小さく揺れていた。
常ならば、魔力が術者を保護しようと何らかの動きを見せる筈なのだが、魔術発動後の硬直状態を突かれたがために、何の反応も見せてこない。
不意打ちは成功だ。
「………申し訳御座いません、王子」
罪悪感で既に満ちていたノアには、注がれる赤い視線を受け止めるだけでも苦痛でしかなかった。
何も無い空間に向かって、ノアは細い指を軽く降る。
ユノの前に一瞬で宙に浮かび上がったのは、古代文字が羅列する漆黒の魔法陣。
弱ったこの身体で生み出した円陣に、更に念を込めて魔力を膨らませていく。
何度か目眩を起こしそうになった意識を酷使して、ノアはあらん限りの力を注いだ。
…結界を破るには、些か弱すぎるかもしれない。せめて、機能を鈍らせる事が出来れば…。
………………一か八か、だ。
レトがその瞬間を、待っている。
「―――…戯れは、終いです」
黒の美しい模様が浮かんだノアの瞳が、ぼんやりとした緑の光を宿した直後。
漆黒の魔法陣から、渦を巻く真っ黒な嵐が産み落とされた。
謁見の間の半分以上を埋め尽くす大きさで、霧状の箇所からは得体の知れない獣の口や人の手が湧いている。
地獄の門を覗けば、こんな光景が広がっているのかもしれない。
そんな悍ましい真っ黒な嵐は、真正面に佇むユノを包み込む様に覆いかぶさった。
骨と皮だけの黒い不気味な手が、微動だにしないユノのシルエットに触れると共に、何処からともなく吹き込んできた強烈な吹雪が、かまいたちの様に鋭利な刃をもって小さな身体に猛威を振るった。
青白い光に、漆黒の光が浸蝕していく。
眩しい程に輝いていた影が、真っ黒な嵐の暗雲にのまれると…謁見の間は嘘の様に夜の暗闇を取り戻した。