亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
一人の少年が、地に倒れ伏した直後。
極寒の冷気と、悍ましい形状の魔力は、謁見の間を中心にゆっくりとなりを潜めていった。
歪んでいた空間は元の景色へと戻っていき、そこら中から生えて空間を埋め尽くしていた氷柱の群れは、細かく粉砕して跡形も無く消え失せた。
絡まっていた枝も、貫いてきた床の穴へと背を縮めて姿をくらましていく。
神聖な空間を取り戻した謁見の間。
月明かりに照らされて悠々と階上で佇む玉座は、ただじっと…動かぬ少年を抱きしめて啜り泣く少年の背中を見下ろしていた。
小さくも深い風穴を手で塞いでも、指の間から赤色が溢れ出てくる。
まだ温かいそれが、冷気を帯びて冷たくなっていく。
衣服を通して感じる彼の体温が、次第に感じなくなっているのは…気のせいではないのだろう。
人の身体が冷たくなっていく意味を、自分はよく知っているのだから。
「………は…っ……ぅ……ふっ……う…っ……っ………………ユ、ノ……ユノ、ユノ…ユノ……ユ…」
真っ赤に染まった彼の胸元を押さえる自分の手に、生暖かい涙が次々に滴り落ちていく。
目元も鼻も拭わずに、レトは震える小声で名を呼び続ける。
…それしか、出来ない。彼の名を呼ぶことしか、今の自分には出来ない。
その傍らで、サリッサが声を殺して泣いていたけれど…掛ける言葉も無ければ、そもそも自分にはそんな資格など無い気がして…レトは、彼女を見ることが出来なかった。
悲しい声が、木霊する。
美しい鳥のか細い鳴き声が、辺りに響き渡った。
ドールを抱えて歩み寄ってきたノアも、この涙に濡れた光景を前に、口を閉ざしていた。
何も、考えられない。
動かぬユノの手に白く光るものが握られているのを見付けて、レトの胸は、張り裂けそうだった。
「………ユ…ノ……ユノ……ユノ…ユノ、ユノ…」