亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
「―――………うる、さいよ………君…」
聞き逃しても不思議ではないくらいの小さなか細い声が、レトの目を大きく見開かせた。
ハッと我に返って見下ろせば………青い綺麗な睫に縁取られた澄んだ瞳が、薄っすらと開いた瞼の隙間から、レトを見上げていた。
その瞳にはもう、何の暗闇も潜んでいなかった。
「……ユ…っ…!」
ユノが、目を開けてくれた。
言葉にならない衝撃に、レトは更に涙ぐんだ。意識が戻ったユノに気が付いたサリッサは、震えながらユノの傍に寄り、力無く放り出された小さな手を握り締めた。
ゆっくりと瞬きを繰り返し、ユノは身体を起こそうとしたが…全く力の入らない事実を理解したのか、直ぐに諦めてしまった。
溜め息に似た深い息を吐き、ぼんやりとレトを見上げながら…乾いた唇をぼそぼそと動かした。
「………………僕…は………死、ぬの…か…」
「………」
「………仕方…な…いね…………………僕が、悪い……んだ……か…ら」
「……違うよ……ユノは…」
「………悔しい…なぁ………君が……………王様、かぁ………」
レトを照らす月明かりを、ユノは眩しそうに見上げて呟いた。
この光は今、レトを照らしているけれど。
今、この僕も光を浴びている。
何の意味も無いけれど、自分は関係無いけれど。
それだけなのに、それだけが、少しだけ嬉しかった。
息苦しさを覚えたと同時に、ユノは激しく咳込んだ。
口や胸元、レトの手に、夥しい量の鮮血が散る。
それを目にして小さく肩を震わせたサリッサに、ユノは目を向けた。
怯えた母の顔。
涙で汚れて真っ赤に腫れた目元。
こんな人が、こんな汚点でしかない人が、僕の母上だなんて。
……嫌いで嫌いで、憎しみさえも抱いていたこの人は。
最初から最後まで、僕の傍にいる。
何を言っても、怒鳴り散らしても、この人は傍にいた。
…馬鹿な女。
……それが、僕の母上。