亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
城を囲む沈黙の森に入ると、視界はあっという間に薄暗くなった。
地表に溢れるゴツゴツとした樹木の根や屈折した枝のカーテンが行く手を阻むが、ローアンにとってはこの沈黙の森は庭同然で、実に軽やかな歩みで進んで行った。
行き先は、バリアンとは逆方向。
雪国、デイファレトへ。
フェンネルとデイファレトの国境付近は、並列する火山地帯だ。
……険しい山道を越えた先。
あの辺りは野生のフェーラなどの獣の住家だ。
面倒な事態にならぬ様、一晩かけて“闇溶け”で抜けてしまおう。
…これからの事を考えながら、大きな木の瘤を跳び越え、蔓を掻き分け、ローアンは前に進んで行く。
道無き道をどんどん進みながら、ローアンは前を見据えたまま口を開いた。
「―――………よく聞け、ジン」
……樹木ばかりが密集した空間に向かって、ローアンは言った。
……途端、すぐ斜め後ろの何も無い空間に……小さな黒煙が静かに立ち上ぼった。
揺らめくそれは黒い靄か何かにしか見えないが、そこから………低い声音が漏れ出た。
「―――はっ」
「………私が呼ぶまで、姿は隠しておけ。………多少“闇溶け”を解いてもいいが……完全に解くのは駄目だ。………………私はただの旅人で、おまけに独りである様に、見えなければならないからな………………いいな…?」
「―――御意」
「………トゥラ、お前もだぞ」
ローアンは足元の影に向かって声を掛けた。
………影が一瞬、揺らいだ。
……漂っていた闇の塊はサァッと消え失せ、ローアンはまた独りになった。
遥か遠くの景色が銀世界に染まるのは、まだまだ先だ。