亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
―――…見上げた空は昨日、一昨日、一週間前と、全く変わらぬ薄暗さと厚い雪雲を従えており、いつか見たあの丸い太陽の姿は見えなかったが………多分、今は日が高い正午辺りだろう。
陽光とは言い難いが、陽光の端くれの下っ端の子供の飼い犬くらいの、弱々しい光が銀世界を満遍無く照らしている。
吹雪きの前触れかもしれない、小さな粉雪がちらつく物静かな昼下がり。
大きめの白い埃が舞い散る視界には、巨大な底が見えない深い谷。
樹齢何百年か分からない老木の群集の影からそろそろと抜け出し、ひんやりとした空気が立ち昇る谷底を覗き込み、くんくんと鼻を利かせた。
………獣同然の嗅覚を備えた鼻をつくのは、乾燥しきった冷たい空気と、凍て付いた樹木の香と……。
………………血の、臭い。
「―――…二つ……男と…子供っぽい…死体。………獣に襲われて死んだ訳じゃないみたいだけど、随分グロテスクな死体…」
大きく見開いた白く濁った瞳で、闇に塗れた谷底を覗き込みながらイブは言った。
その傍らに佇むリストは谷底に視線を移し、怪訝な表情を浮かべた。
「………グロテスク?」
「そう、グロテスク。………男の方は頭がグチャグチャでもう何が何だか。……隣りに転がってる子供の方は、手足がグニャグニャ―。………噛まれたり裂かれたりした跡が無いから、殺ったのは人間ね―………にしても酷い死体…」