亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
こちらをじっと見上げてくるコムは少し厳しい目付きで、お気に入りのパイプを吹かしていた。
…幾つか重い溜め息を吐いた後、コムはしわがれた低い声で、呟いた。
「………………別れの挨拶くらい………したらどうだ…」
「………いい。…………………………レトを、頼む………」
「………」
コムはまた何か言おうと口を開いたが、結局彼は何も言葉を与えてはくれず、その口は虚しく閉じていった。
………小さな舌打ちが聞こえた気がしたが、あえて聞こえない振りをした。
磨きたての剣を背中に背負い、コムから貰った地図を荷袋にしまい………街と言っても人気が無さすぎるこの地に、背を向けた。
空はほんのりと白みかけていたが、昼間になってもこの人気の無さはきっと変わらないだろう。
踵を返し、飽きる事無く降り積もる真新しい積雪に、ゆっくりと足跡を刻んだ。
………街からも、小屋からも、コムからも………何もかもから一歩、離れた時。
………背後に佇むコムのその後ろから、小屋の出入り口を覆った厚い布を捲る音が聞こえてきた。
…同時に、コムや自分とは異なる、小さな吐息が寒空に混じる。
………小屋から顔を覗かせ、自分の背中を凝視しているのが誰なのか………考えなくとも分かる。
振り向かずとも、分かる。
………きっと、まだ3歳になったばかりの……とても気弱で、小さくて、大人しくて、自分に似て寡黙な………そんな子供が…。
………泣きそうな顔で、そこに立っているのだろう。