亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

雪と土砂で汚れた靴とマントを払いもせずに、づかづかと室内に足を踏み入れていく。

薄暗い部屋を見回し、中程まで歩んだ時………奥の部屋へと続く開け放たれたドアの向こうに、ぼんやりと人影を見た。

兵士達は張り詰めた警戒心からか、一瞬剣に手を添えた。

「………ここの家主か?…ここまで出てこい」


ドスの効いた兵士の低い声。気の弱い者ならば一瞬で竦み上がってしまうのだが………その反応は、酷く拍子抜けするものだった。




















「―――…あら、嫌だ。眼鏡を忘れてきちゃったわ。ごめんなさいねぇ、そそっかしくって。すぐに取りに戻るから本のちょっとだけ待っててちょうだい。あら大丈夫よ、眼鏡を置いた場所くらい覚えてるんだから~、オホホホホホ…」





















………。
















妙にしわがれた変に明るい声は、ギコギコギコ…という物音と共に部屋の奥へと遠ざかり………数秒後に戻ってきた。



一旦はやる気を削がれた兵士達だったが、再び警戒心と敵意をあらわにし始めた。
そんな彼らに全く動じる気配の無い人影は、ゆっくりと…近付いてきた。








天井からの僅かな仄明かりが、その姿を照らし出す。
構える兵士達の鋭い眼光が最初に捉えたその姿は…。


















………古い古い、がたついた車椅子。








二つの車輪をよいしょよいしょと回す………ほっそりとした、弱々しい老婆、だった。












白い厚手のカーディガンにチェックの膝掛け姿。しわが幾つも刻まれた真っ白な肌に、きちんと纏めて結われた長い白髪。
………車椅子の、上品なお婆さんだ。





丸い眼鏡の奥の、なんとも優しげな青い瞳が兵士等を見上げ、にこりと笑う。


< 732 / 1,521 >

この作品をシェア

pagetop