亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
「今朝ねぇ、調子に乗って牛乳を飲み過ぎちゃって…オホホホ。だからかお腹の調子がちょっとおかしいのよこれが。これに懲りて、来週だけは牛乳を控えようと思うのよ~。だから申し訳無いのだけどね………今日はもう牛乳は受け取れないわ~」
「貴様、誰と間違えている」
どの辺で間違えるのか、その判断基準を是非とも聞きたいところだが…とにかく兵士達を牛乳配達関連の人間とうっかり間違えたらしい、変なお婆さん。
眼鏡はかけている筈だが、あっても無くても何も変わらないらしい。
老婆は一瞬目を丸くしたが、すぐにのほほんとした笑みを浮かべる。
「あら…ごめんなさいね。クッキーあげましょうか?」
………話の流れが分からない。
先頭に立って老婆と向かい合う兵士は、この空気に段々と苛立ち始めたらしい。
兵士の目が、鋭さを増していく。
「………おい、貴様………いい加減に…」
…ああ、これはヤバイ。
このままではこの老婆にまで危害が。
危機感を覚えたイブは、致し方無い…と、ドアの影から出ようとした。
だが。
老婆に伸びた兵士の腕に……不意に、そのしわしわのか細い手がそっと触れた。
自分とは似ても似つかぬ兵士の逞しい腕を摩りながら、老婆は微笑を浮かべた。
「あらまぁ………よく日焼けした肌ね。ローストビーフみたい」
本の、一瞬。
僅かな一瞬だけ。
室内の空気が、歪んだ。
イブとリストの人並み外れた敏感な感覚は、それを見逃さなかった。