亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
少し寂しそうに、彼女は言った。
………言われてみれば確かに。
それから、五十年近くも経っているのだ。イーオが覚えていても、ノアが彼女を記憶に止めているかどうかは定かではない。
「………戦火の中、陛下ともバラバラになってしまってね。………私は死んだと思っているでしょうしね…」
生まれた時から足が不自由で、何処に行くにしても車椅子が必要不可欠だったイーオ。
そんな彼女が猛威を振るうバリアンの戦火から逃れることが出来たのは、奇跡的だったと言ってもいいだろう。
王政が崩壊した後は、彼女の『理の者』の力で医者として一人生きてきたと聞く。
…彼女の力は多くの民を救ったが……不可思議な力故か、彼女の評判は決していいものばかりでは無かった。
………事実、会ったこともなければ見たこともない赤の他人は、イーオを 化け物呼ばわりしている。彼女のこの小さな住まいの他にも、少し歩いた所には幾つか家があるらしいが………身体を診てもらう時以外、誰ひとりイーオを訪ねてくる事など無いとか。
……『理の者』として生まれた者は、その理解者に会わない限り……不幸な生き方しか出来ない。
……いつだったか。自嘲混じりに、ダリルがそんなことを呟いていた。
「……私はね、これでも一応…王様とノアのお気に入りだったのよ。それに、まだ誰にも言ったことがなかったけれど………もしかしたら、51世の王妃様になってたかもしれない女の子だったの。凄いでしょう?」
あの頃は、とても幸せで、楽しくて………やっぱり、幸せだったの。
頬に手を添えて可愛いらしく微笑むイーオは、まだ幼い少女だった頃の…色褪せた昔を、振り返った。
淡い栗色のおさげの、車椅子に乗った明るい少女は、確かに昔、あの場所にいた。
「………ノアは私を、『フローラ』っていつも呼んでいたわ。…花、という意味だったらしいけど………私なんかには勿体ない名前だったわね」