亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
「………」
つらつらと書かれた文字の群集は、誰が見ても眉をひそめるほど、それはそれは乱雑で踊り狂った文字だった。
お世辞にも、上手いとは言えない…否、お世辞さえも言えない、まるで暗号か何かかと一瞬疑うくらい汚い文字。虫が這った跡だと言われれば、ああやっぱり…とうっかり納得してしまいそうだ。
…解読に相当な努力を要するこの文の書き手は、急いでペンを走らせたのだろうか。洋皮紙の切れ端同然の紙面には、べっとりとインクをぶちまけた様な汚れが満載である。
…それによって更に文は解読不可能への道を歩んでいたが……。
………散らかった彼女の文字を読み慣れているダリルは、最初こそ顔をしかめたものの、数秒足らずでそれを解読してみせた。
紙面に書かれた文字の行列を指でなぞれば、どんな暗号文でもその意味を読み取ってしまうダリルにとって、文字の上手い下手は関係無い。
夜明け前の、まだ暗がりがひしめく時刻だったか。
………先にデイファレトに潜伏していたイブから、その文は唐突に送られてきた。
毎日届けられるローアンからの文に加え…なぜ、イブが。彼女の使い魔である小さな蜘蛛が文をくわえてやって来た時、ダリルは首を傾げた。
…城で留守番を言付かっている自分達に何か伝達か…と思いきや………その文は何故か、ダリル個人に向けてのものだった。
…大して重要な文ではないらしい。
今日中に処理しなければならない大量の洋皮紙を階段に置き、柱に背中を預けてダリルはイブからの文を何気なく読んだ。
「ねーねー、何て書いてありゅのー?何てぇ―?ねー、教えて―。リルリル、ねーねーねーねーねー」
何処から嗅ぎ付けてきたのか。いつの間にやら、目を輝かせているルウナが足元でぴょんぴょん跳ねている。