亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
「…さて。今夜は夜通し雪山で走り込みだな。………足音立てるなよ」
「…へーい。言われなくとも…」
そんな受け答えをした直後、崩れた積雪の小さな塊が粉塵となってふわりと宙に舞った。
花びらの様にヒラヒラと、それらが地に落ち着いた時には。
………そこに、人影は無かった。
代わりにあるのは…。
深い森の口へと延びた、歩幅が約五メートルはあるであろう、二つの奇妙な小さな足跡だけだった。
静かな冷たい夜。
風は、無い。
当然だが、見知らぬ家で、しかも他人が傍にいる所で寝られる筈もなく。
………マントに埋めていた顔を上げ、レトはそっと目を開いた。
部屋の奥に見えるランプの小さな明かり。
仄明かりに照らされたイーオは……静かな寝息を立てて眠っていた。
膝の上の本は開かれたままである。
………一刻程前だっただろうか。
外に出て行った、フェンネルの使者の二人の気配が忽然と無くなった。
…どうやら、何処かに行ってしまったらしい。何か気になることでもあったのだろうか。
(………悪い人達…じゃ…ない……)
…あの二人に対し、自分は未だに警戒心を抱いているが…彼等の目を見れば分かる。
敵ではない。
ユノを守り抜こうとしてくれている、一応は味方の人間だ。
信用していい。信じていい。
…だがしかし、極度の人見知りである厄介な性格が、なかなか素直にそうさせてくれない。
疑心暗鬼に駆られる自分が、なんだか酷く臆病な人間に思えて…情けない。
(………父…さん…)
………離れてからそんなに時間は経っていない。一日も経っていないのだが………こんなにも寂しいなんて。