亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
リストが一瞬で作った黒い血の海を、「お先に―」とイブが軽快な足取りで飛び越えていく。
背後から追って来るエコーの群れを一瞥し、リストもまた走り出した。
長い爪は、そのままだ。
…漆黒の血が垂れる鋭利な爪を、抱えられているユノは無言で見詰めていた。
目の前で行われた……人間離れした、一瞬の殺戮。
それは本の僅かな時間で、静かだったけれど。
普通の人間の戦いには無い、生々しい獣の殺意を垣間見た気がした。
戦いなら、レトとの旅で見て知っている筈だったのに。
…何故か、無性に恐ろしかった。
「俺が怖いのか?」
黙りこくっていると、不意にリストが声を掛けてきた。見上げればそこには、初対面の時の様な仏頂面ではなく、静かに微笑む彼がいた。
微笑ではない。あれは苦笑だ。
…何処か悲しげな、憂いを秘めた………苦笑だ。
「………あんたなんか、怖くない」
「無理するな、馬鹿ガキ」
なんだか意味も無く悔しくて膨れっ面を浮かべるユノから目を背け、リストは速度を上げて前方を走るイブに追い付いた。
「…ちょっと―…半透明のお化け、どんどん増えてるんですけど!何匹いるのよここは!!」
「…このままだとまずいな。切り進むにも限界がある。…エコーの体液は唾液も血液も全部粘着質で、蜘蛛の糸の様に触れるとなかなか離れない。………返り血をいっぺんに浴びてみろ。身動き一つ出来無くなって終わりだ」
その厄介な性質故か、先程エコーを切ったリストの爪は、ネバネバと何やら気持ちの悪い糸が引いており、上手く動かせない。
「………ここはもう、潔く戦闘を避けるしかないな。………このまま城内に突入するぞ。敷地内に逃げ場は無い」