亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~
その線の細い輪郭を持つ端正な顔は妖しい笑みを浮かべているが、目は…笑ってなどいなかった。
…身体が、動かない。
指一本動かせない。
リストを襲うのは、真上からの異常な重力の塊。
見えない力は頭のてっぺんから足の爪先まで押さえ付けてくる。その様はまるで、虫の標本の様だ。
…胸部への圧迫により、上手く呼吸が出来ない。空気を吸うことも吐くこともままならず、震える唇からは、掠れた弱々しい吐息が漏れるだけだ。
(………黒の…魔術か………強烈、過ぎるだろ…!)
「―――…苦しいですか?………これでも魔力は爪の垢程も使っていないので、威力は弱い筈なんですが………貴方には充分過ぎるくらいの様ですね。申し訳ありません。………………これも、お互いのためですから」
…声も出せず、身動き一つ出来ない代わりに、リストはただただノアを睨んだ。
困惑と、憎悪と、殺気と………様々な感情がその瞳に浮かび、そして訴えている。
その、何物をも射抜く様な視線を、ノアは実に涼しい顔で受け止める。
「………貴方、半分がフューラとおっしゃっていましたが…なるほど。道理でなかなか影響を受けずに元気な筈ですね。………隣の、生粋のフューラであるお嬢さんは、とっくの昔に眠ってしまっているというのに」
―――…何…だと?
…ハッとした様に、リストは大きく目を見開いた。
………今の今まで、頭の隅に追いやり、ほとんど忘れていた存在を…リストは一瞬で思い出した。
…そうだ。あいつは。
今、あいつは何をしている。