君に幸せの唄を奏でよう。
【奏 Side】
長かった講義が終わり、いつもの様に学食に行く。トレーと箸を取り、食堂のおばちゃんの所に向かう。
「おばちゃん、B定食ひとつ」
50歳ぐらいのおばちゃんがニカっと笑い「はいよ!」と元気よくトレイに乗せてくれる。そして、空いている席を見つけ座る。
「いただきます」
この大学の食堂は、何を食べてもおいしい。だから、毎日此処で食べている。
B定食の味に感動していると、突然――――。
『歌は、知らない誰かを幸せにできる魔法なのよ!』
昨日会った、女の子に言われた言葉が頭の中を駆け巡った。
『あたしの歌を聞いて、幸せになってくれる人がいるのよ!』
あいつの声を聞くたび、ズキンッと鈍い痛みが頭全体に響く。
うるせぇよ……。
「ようッ!奏 !」
俺が苦しんでいるのにも関わらず、カレーを持った金髪が笑顔で俺の隣に座る。あまりにも陽気な声に、思わず溜息が出た。
「なんで隣に座るんだ?宮木」
「だーかーらー!成瀬って呼べよ!」
【宮木 成瀬 ミヤギ ナルセ】は、入学式の時から何故か俺に話しかけてくる。しかも、俺が苗字で呼ぶのが不満らしい。
「別にいいだろ」
俺は短く答えて、食べ始める。
「よくねぇーよッ!」
俺の言葉が気にくわないようで、急に叫びだした。また始まった…。そう思うと、眉間にしわが寄る。
「俺は、そんな堅苦しいのは嫌だ!フレンドリーでいたいんだよ!そして、俺はここで楽しい大学ライフを送るって決めたんだッ!」
宮木は、拳を前に突き出して熱く語った。
「頑張れ。だから、俺を巻き込むな」
俺は素っ気なく答えて、食べ続ける。
「なんだよッ!奏、お前も一緒だぞ!」
宮木の口からご飯粒が、俺に向かって大量に飛んできた。
「汚ねぇッ!」
この間、買ったばかりのブランドのズボンが米粒に襲われる。
「アハハッ!悪いな」
宮木は詫びる様子もなく、笑いながら謝る。
前々から欲しくて、バイトで頑張って貯めて買った、7000円のズボンをカレー野郎に汚された……。
「ちょっと、頭貸せ……」
「なんだ?い゛でッ!」
宮木が不思議そうに俺を見てくるのを無視し、宮木の短い前髪を掴む。
「お前の自慢の髪を綺麗に刈ってやる」
「ちょ、橘さん!?目笑ってませんよ!?」
俺が微笑みながら言うと、宮木は青ざめた表情で命乞いをする。
「カレーと一緒に煮込まれるか、それとも髪を刈られるか……さぁ選べ」
「拒否権はなしッスカ!?」
宮木は、泣きながら訴える。
「お前ら、それぐらいにしとけよ」
後ろから声が聞こえてきて、宮木の前髪を放して振りむく。
「淳司さん!助けて下さいッ!」
宮木は、泣きながら先輩に抱き着いた。
「お前、あれ程言ってるだろ?橘を敵に回すなって。橘、成瀬のこと許してやれよ」
先輩は苦笑いをしながら、俺を説得させようとする。【草野 淳司 クサノ アツシ】先輩は俺のひとつ上で、高校の時からお世話になっている。
整った顔で、同じ男としては羨ましい。服装もおしゃれで、何より尊敬している。しかも性格は少し俺の親友に似ている。
「先輩、これを見てください」
俺は、宮木に汚されたスボンを先輩に見せた。
「……これはヒドイな」
案の定、先輩は苦笑いをして、「やっちまったな」と宮木に言う。