君に幸せの唄を奏でよう。


―――――



俺は、バイトが終わり家に帰る途中だった。入学と同時に引っ越しをしてきたから、散策をしながら家に帰っていた。


そして、昨日は土手のコースから帰ることにした。そう。ここまでは良かった。


ふと、河原に視線を移すと人影が見えた。 俺は、思わず漕ぐのをやめて止まった。


何をするんだろうと気になっていたら、何かが聞こえてきた。



それは、大ッ嫌いな歌だった。


この場所には居たくなくて、歌を無視して帰ろうとしたが足が動かなかった。いや、動けなかった。


その声に捕らわれてしまった。


何か曲のようなものを歌っていたが、俺は【声】ばかりを聞いていた。声の高さから、女性と判断が出来た。


その声を聞いてると、すべてを呑みこまれそうな感覚に襲われ、ゾクっと鳥肌が立つ。


少し高い声を出せば、エレキと一緒に激しく波を打つように弾きたくなる。少し低い声を出せば、ギターと一緒に静かに弾きたくなる。


いや、むしろ楽器無しでも充分だろう。音に負けない【声】


そして、汚れを知らない【純粋な歌声】まるで、何かを願っているかのように歌い続ける。


ずっと、このまま歌を聴き続けたくなるぐらいに惹かれている自分が居た。


……って、なに考えてるんだ!しっかりしろよ、俺!


その歌を聴き続けていると、4年前に、封印したはずの【昔の俺】が疼き始めた。


体が勝手に声の持ち主へと、向かおうとする。


ヤバいッ!このままじゃ……!呑み込まれてしまう!


そう思ったが、もう手遅れだった。勝手に動いた俺の体は、土手を降りて声の持ち主の前に立っていた。


< 30 / 284 >

この作品をシェア

pagetop