撒く女【短編】
見てはいけない。
何故かそんな気がして無理やり顔を前に向けるも、誘惑に勝てずチラチラと彼女の方に目をやっていた。
ひとしきり撒くと手を止め、2、3度満足したように頷いた彼女は袋のチャックを閉め、残りの玄米を大事そうにブランドバッグに収めた。
だからそれ、ビニール袋に入れようよ!?
そんな私の心の叫びが届くわけもなく、また私の視線に気づく様子もなく、彼女は夜の闇に紛れて去っていった。
彼女はいったい何がしたかったのだろう?
程なくして到着したバスに吸い寄せられるようにして乗り込み、冷房の効いた車内で息をつく。
発進直後、私は一度だけ振り返った。
後に残された玄米が車のヘッドライトを浴びて怪しげに光っていたような気がする。
<完>