コイアイ〜幸せ〜
「いいです、私が運びますから」


彼女は、まるで人から餌をもらう野良猫のように素早くティーカップを運ぶと、さっさと自分のデスクに座った。


「あつっ、ん〜、でも美味しいっ」


自分の住処に戻って紅茶を堪能する姿は、まるで本当に猫のようだ。



―――逃げないで下さい。




彼女はまだまだ学習能力が足りませんね。
俺は逃げる獲物をみると捕えたくなる生き物なんですよ。


「そういえば、松本さんはここに泊まられたんですよね」


猫舌にはいれたての紅茶は熱いため、一生懸命に息を吹きかけながら彼女は言った。


「えぇ、朝から雑務処理が多くてね、会社に泊まった方が都合がよかったんです」


本能を隠しながら笑ってみせる。


「すいません、その笑顔とか、シャワー上がりの雰囲気とか凄く心臓に悪いです。わかっててやってらっしゃるんでしょうけど」


えぇ、計算済みですよ。


「愛情表現ですからね」


紅茶を持つ手を止めて、どの口が言っているんだとでも言いそうな顔で睨まれた。


「今回の事は、松本さんの愛情表現がこじれてしまった事が原因でもあるんです。少し控えて頂けるとありがたいのですが」


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