コイアイ〜幸せ〜
荒くなっていた息と涙は、落ち着きを取り戻していた。


まだ心は落ち着いてはいなかったけれど、私はそっと、カルティエの腕時計を見下ろした。


あぁ、仕事に戻らなくちゃ。


随分と私、トイレに込もっていたんだな。



そろそろ行かないと、みんなに迷惑がかかるから…。


でも、一体何処に?


仕事場は執務室だった。


私のバッグも上着も仕事の資料だって、全てあそこに置いてきた。


今、手元にあるのはかろうじて持ち出したわずかな資料だけ。


これじゃあ仕事にならないじゃないっ!


私はこっそりとトイレを出て、資料保管室の、さらに奥にある、誰も寄りつかないような部屋を目指した。


あんな事を言った手前、ノコノコと執務室には戻れない。
予備のパソコンを使えば、当面の仕事はなんとかなると思う。


幸い今日は、松本さんと一緒に出席する会議も入っていないことに、私はホッと胸をなでおろした。


会わなければ、私は、きっと大丈夫。


悪魔に惑わされることなんて、ない。



そうして、私は埃の混じった薄暗い部屋に、腰を降ろした。


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