雨音色
「・・・母さん」


「何?」


「・・・ううん。何でも無い」


教えてなかった筈なのに。


あの見合いの結末は。


やはり母は母だ、そう彼は思った。


彼女は『よっこいしょ』と言って、立ち上がり、自分の茶碗をお盆に載せた。


「もう一杯、飲む?」


母にいつもの笑顔が戻る。


「うん」


鈴虫の歌声が、秋の夜長を誘い込もうとしていた。


彼は目を閉じ、その歌声に耳を済ませた。


次第に、その声は小さくなっていく。


空の端から浮遊する黒い雲が、月の前を横切るのが見えた。


「また一雨振るのかな・・・」


夜空を見上げ、彼は一人呟いた。
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