雨音色
「お嬢様。お父様にも元気なお姿をお見せになってください」


タマは彼女の背中をゆっくり押し、屋敷へ入るよう促す。


いつもの彼女であれば、きっとここでそのまま入っていくのであろう。


「・・・タマ。この方々にも、屋敷に入っていただきたいの」


「・・・」


隣に佇む壮介の顔を、幸花が見上げた。


しかし、タマは壮介の顔を見ようとはしなかった。


「・・・私は、ご主人様が招いていらっしゃらない方をお通しする権限を有しておりません」


「・・・ならばっ!」


幸花が言いかけた途端、違う誰かがそれを遮った。


「入っていただきなさい」


声がした方に目を遣る。


「・・・お父様・・・」


「タマ。今すぐ客室にお通しなさい。


他の女中に、直ちに接客の準備をするよう命じなさい」


彼はそう言うと同時に、屋敷の中へと戻っていく。


「かしこまりました」


タマは機械的にそう呟くと、


後ろを振り向くことなく、そのまま屋敷の中へと戻った。


「・・・参りましょう」


藤木は、自分にそう言い聞かせるようにつぶやいた。


これからの全てが、そこから始まろうとしていることに、彼は気がついていた。
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