雨音色


彼女が病に倒れて、数日。


タマは、主治医に、呼び出された。


彼女の部屋は、医師と、医師に許可された人物以外、出入り禁止となっていた。


タマは、せいぜい医師に料理を運ぶためだけに、


部屋の出入り口まで来ることを許されているだけで、


中に入ることまでは許されていなかった。


「何でございましょう」


部屋のドアの前で、小声で2人は言葉を交わす。


医師は、深刻な顔をして、小さく呟いた。


「・・・どうしても、奥様は貴女に会いたいそうです」


「私に?」


「えぇ。・・・貴女に、伝えたいことがある、と」


嫌な、響きだった。


突然、辛い現実が目の前に突き付けられた、そんな感覚だった。


見ないことで、現実を、遠い話のように感じていた。


辛さも、苦しみも、和らげることが出来た。


それなのに。


「・・・入って、頂けますよね」


その医師の言葉はまるで、これが最後の挨拶になることを仄めかしているようだった。


彼女は静かに頷くと、医師はゆっくりとドアを開けた。


きぃぃ、と金具の音がする。


そして、つん、と消毒液の匂いがした。


恐る恐る、部屋に踏み入る。


質素な部屋に、大きなベッドが一つ。


そしてそこに、青白い顔をした彼女が、目を閉じて、


荒い息を吐きながら、横たわっていた。


「・・・奥様」


医師が呼びかけた。


その声に、ゆっくりと、彼女が目を開ける。


「タマさんが、いらっしゃいましたよ」

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