雨音色
「牧先生」
被っていた帽子を取り、大きく息を吸う。
肩から力が抜けていくのを、藤木は感じていた。
「何だ」
「明日、読んで頂きたい論文があるんです」
「ほう、何についての論文なんだ」
「こないだ父親が子供を使って窃盗をさせた事案があったではないですか」
「あぁ、そういえば」
「あの事案における父親の正犯性について考えてみたんですが・・・」
彼は、藤木をまじまじと見詰め、こう言った。
「・・・面白い。明日、持ってきなさい」
ほぅ、と安ど感を覚えると、彼は、視線を窓の外に移した。
暗闇に光るランプの明かりが、ぼやけて見えた。
「ところで、藤木君、最近のお母様の体調は?」
「あぁ、先生がくださった食材のおかげでしょう、最近調子が良いです」
彼には病弱の母親がいた。
父は昔、帝国大学の物理学の教授だったが、既に他界していた。
それ以来、父を失ったショックのせいか、母の体調は芳しくない傾向にある。
「そうか、それは良い事だ。くれぐれもお大事にな」
彼は何も言わず、ただ笑って軽く頭を下げた。