幸せという病気
「遥・・・ごめんね・・・ごめんね・・・」

「謝らなくていいから・・・優は何にも悪くない。怖くて怖くてどうしようもなかったんだね・・・大丈夫だから・・・」

「でも私はもう・・・」

「まだ遅くないから。これからまだまだやり直せるんだよ・・・?」

「・・・うん」


遥は自分自身に言い聞かせる様に、優に話した。

ゆっくりと、自分の言葉で。

誰に教わったわけでもない。


『頑張れ』とは、相手を思いやる言葉。


だが『頑張れ』とは、時に相手の身動きを止めてしまう事もある。


頑張れと言葉を投げ与えるよりも、『楽になれば?』と諭してあげる事も、時には必要なのかも知れない。


遥は、優の傷付き痛んだ心を優しく塞いだ。

そして、走り続ける事ばかりが勇気ではない。

長い長い休憩で、ゆっくりと自分を探す事も一つの勇気なのかも知れない。

そして十分に休息を取ったら、自分に合った道を歩き始めればいい。



優はゆっくりゆっくり、自分を探して歩き出して行った。






またそれから三日後、外は小雨が降っていた。

武の傘にポツポツと不規則なリズムで一定の音が弾き飛び回る。

その雨音は地面に落ち、アスファルトを刻む革靴の音と重なり合った。

そして右手でタバコをくわえ、左手で黒のギターケースを持った黒いスーツの男は、たじろぐ事無くその足を行き先へ向かわせる。






武はその日、オーディション会場へと向かっていた。
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