幸せという病気
その言葉で、うつむきながら話していた武が弘樹の顔を見ると、弘樹は目を合わせる事無く、コーヒーを揺らしながら続ける。


「人の幸せってのは形じゃ無い。まぁもっとも、そういう金があるとかの要素は必要かもしれないけどな。無難がどうのって世間じゃ言ってるけど、幸せってのはそこらじゅうに転がってる。無難に生きてたって拾っちまえばそれで終わりだ。極端に言えば、遥や香樹が今生きてる事を幸せだって感じれば、おまえだって死んじまうかもしれねぇんだよ」


武は弘樹にそう言われると、心の身動きが取れなくなる。


「現に、俺の知り合いは、結婚したけど死んでねぇ。そいつにとっちゃ幸せはそんなとこじゃねぇんだろ」


続けて弘樹がそう言うと、武は頭が混乱してきた。

幸せ病が世間に広まって以来、自分本来の気持ち、考えがほとんど逆転していたからだ。

弘樹の言葉にもっともだと感じながらも、形としての幸せというものにとらわれ過ぎていた。

それは気付かぬうちに、死ぬ事に対して恐れている証拠だった・・・。


「まぁ何にしても・・・おまえ、死ぬなよ?」


そして武は弘樹にそう言い残し店を出る。

父親が捕まった日と同じ光景の帰り道・・・親父ならこんな時どう過ごすのだろうと考えていた。



守る事、死ぬ事。


そして生きる事。



父親の大きな影を空に映し、頼るように、すがるように家へと帰った。



ちょうどその頃遥は、この間助けた子犬を自分の家で飼いたいと竜司に申し出ていた。


「別にいいけどさ・・・なんでまた急に?」

「ん~・・・弟が欲しいって言うから」


竜司の質問に、遥は困りながら照れ隠しで答える。


「・・・わかった。しっかり面倒見てあげられる?」

「うんっ!」


嬉しそうに頷いた遥に、子犬を受け渡したその時、遥のその嬉しそうな顔を見て、竜司は気が付く。


本当は、弟ではなく、遥自身が飼いたがってるという事に・・・。

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