社会の枠
しばらく間をおいて、急に破顔した村田は『仁科さん、今日の所は貴方の言葉を信じるという事にしましょう。ただし、この事件のやり方は素人じゃありません。貴方が一番わかっていると思いますがね』と言ってから周囲に挨拶して帰っていった。私は高石と立花に席を外してもらい、茂木に今までの経緯を説明した。取材の続行は不可能だと覚悟していたが、条件付きでの取材許可ならばと、茂木は厳しい表情で答えた。茂木の条件とは立花とのコンビを解消する事と、外部の調査機関を主導に取材を進めるという事だった。立花にはリスクが高過ぎるので私はそれには賛成したが、外部の調査機関については再考を求めた。やるからには自分の思う様にやらないと意義がないと考えたからだ。茂木は『俺は上司として部下の危険を回避させる義務がある。しかし、ジャーナリストとしてのお前の意見も尊重したい。お前が知っての通り、俺が編集長になってから部数が伸びないのは、この会社の小さい規模の中に狼みたいな奴がいないのも原因だと思っている。しかし、お前みたいな奴がいるならバクチをしてもいいんじゃないかと思ってるよ』と言いながらも迷いを隠し切れないでいる。私は『編集長に責任を取っていただかなくてもいい様に動きます。今、取材を止めたら俺は一生後悔するし、この業界では仕事できません』茂木は胸ポケットからタバコを取り出し、ここが病室である事を思い出して再びポケットに戻した。『とにかく完治するまではおとなしくしてろよ』と言い残して退室していった。もう一度情報漏洩について考えてみる。私から話したのは立花、若菜だけだ。この二人から洩れたのだろうか…。若菜とは長い付き合いで、依頼に関する事を口外するはずはないと私自身がお墨付きをだしてもいいほどに口は堅い。立花なのか…。入社してきたタイミングとしては疑わしい時期ではある。色々考えていると頭が痛くなってきた。私は自ら偽の情報を流し、通報した人間を引っ張りだしてやろうと考えていた。