社会の枠
『何故私なんですか』『お前の弱点補強だ』『お断りしたいのですが』茂木は初めて私に目を向け『嫌ならクビだ。わかったら早く仕事に戻れ』と一方的に話を切り上げた。渋々部屋を出たが人生最大のピンチを回避するべく、立花に向かって『最初に言っておくが、一言でも泣き事を言ったら即コンビ解散だ。あと俺は朝が早い。毎日朝の3時に俺の家の前に来い。言っておくが車は取材の邪魔になるから歩いて来るんだ。一度でも遅れてもコンビ解散だ。いいな』一方的に宣言して机に戻った。これで早期解散は間違いないだろう。大きなため息をついて業務に戻ろうと椅子に座ると『あの…立花聡美と申します。この業界は初めてなので足手まといにならない様に頑張りますのでご指導の程、宜しくお願いします』と横に立って話しかけてきた。私は横目でチラリと一別をくれただけで返事もしない。すると『仁科さんのお住まいはどちらでしょうか。お迎えに行くのに地図を調べて参りますので…』と遠慮がちに問いかけてくる。仕方なく住所を書いたメモを渡し『いいか、明日は裏風俗最前線というコーナーの取材で新宿にある荒木組の事務所に行く。荒木組は密入国の斡旋と売春、人身売買が主なしのぎだ。怖かったら来なくてもいいからな』少し大袈裟に話しておけば怖くなって来ないかもしれないと、半ば期待を込めて伝えてやる。ちらっと顔を見るとやはり怖いのか、顔を青ざめながらうつむいている。『もう今日は用はない。地図を調べて帰んな』と冷たく言い放ち、私は席を立った。