社会の枠
第3章
情報屋の若菜という男は新宿2丁目で小さなバーのマスターをしている。まだ時間が早いので昔の同僚の店を訪ねてみる事にした。西田という私より2つ下の男は、家業を継ぐため去年の夏に退社した。家業は昔からの質屋で、今は金券ショップの看板を出している。店に入ると店番の若い女がヒマそうに指先をいじくっている。私に気づき『いらっしゃいませ』と気のない声をかけてきた。『西田琢磨さんはいるかな』と尋ねると怪訝そうな顔をして『失礼ですがどちら様ですか』と逆に聴き返してきた。私は元同僚だと説明して、名刺を渡した。すると手のひらを返した様に『あっ!そうでしたか。家内の郁美と申します。主人が色々お世話になりまして…。主人は生憎外出しておりますが』と笑顔で応対した。これだから女は…などと思いながら『もし早い時間に戻られたら、私の携帯までお電話を頂戴したいのですが』と、番号を伝えて店を出た。一度、社に戻ろうかと考えて駅に向かっている時に西田から着信が入った。『仁科さん、どうしたんですか。珍しく家に来るなんて。何かあったんですか』と電話の向こうで早口に喋りだした。『いや、近くまで来たから寄ってみただけさ。時間があればその辺でお茶でもどうだ?』西田は少し考えて『わかりました。じゃ、伊勢丹の裏にあるコーラルという喫茶店に30分後で如何ですか?』『了解。じゃ後でな』と返事をして電話を切った。コーラルという店はすぐにわかった。昔流行った純喫茶という趣きの古い店で、客の大半は中年の様だ。珈琲を注文し、タバコに火をつけると西田が店に入ってくるのが見えた。『いやぁ、突然だったんで驚きましたよ』と笑いながら向かいに座り、ホットミルクを注文した。『どうだ、最近は儲かってるか』と尋ねると『いや、全然ダメですよ』と苦笑まじりに答えた。最近は偽の商品券が出回っていると懇意にしている刑事に聞いたのを思いだした。それにより警察の監視が厳しくなり、市場が停滞ぎみになっているらしい。『仁科さんはどうです?』『色々とあってな。これから先が思いやられるよ』『新宿もいまや在日中国人やイラン人が組織化して幅をきかせていまして、我々の商売の不況の原因だと警察もみているみたいですが、奴ら頭が良くてなかなか摘発できないらしいんです』『何か情報があれば教えてやるから頑張んな』