社会の枠
中野坂上から俺の家まで、女の足では50分はかかると思うと、なかなか根性はある様だ。いつもの様に会社に寄り新聞に目を通した後で『あんた、カメラ使えるんだったな』と尋ねると『はい。学生時代はずっと写真部でしたし、雑誌のコンクールでも入賞した事があります』と嬉しそうに話す。『そんな事はどうでもいい。今日から荒木組の前のビルの屋上から出入りする人間の写真を撮ってきてくれ。ビルの管理人には話をつけてある。何か質問はあるか』『いえ、不明な点などがあれば電話連絡いたします』すぐに準備して出かけて行った。私は中国人の動向を探りに新宿署の片山に連絡をつけて、話を聞くために歌舞伎町の喫茶店に向かった。
片山から聞けた話によると、以前は対立関係にあった暴力団と中国人組織が利害関係を考えて手を組むケースが増えてきたという事だった。荒木組の奈良の話は真実に近いとしても、すべてを信じるのは危険だと本能が告げている。立花に撮影をさせ始めてから1週間が過ぎた時に、立花から携帯に電話が入った。『撮影を開始から初めて見る中国人らしい二人組が入って行きました。ビルの入口まで奈良と幹部らしき人が出迎えに出るほど重要な客人の様です』と報告してきた。引き続き出入りのチェックをする様に命じ、若菜の店に寄ってから自分も向かうと告げた。店に寄ったがあまり収穫はなく、21時過ぎに立花に合流した。雨の中で傘をさしながら荒木組の様子を見ている立花の背後から缶コーヒーを渡してやる。一通りの報告を受け、社に戻る様に言うと『あの…このまま直帰しても宜しいでしょうか』と落ち着かない様子だ。私が訳を訊くと『夕方に保育園から連絡があって子供が熱を出したと…。近所の方が迎えにいってくれて今は家で寝ているみたいなのですが…』と動揺している。私は『何故早く言わないんだ!仕事でお前の替わりはいくらでもいるが母親はお前一人だろ!バカヤロウ!だから女って奴は…!』立花はビックリした表情で見返し『仁科さんはもっと冷たい人だと思ってました。でも女に対する偏見は直した方がいいと思います。では失礼します』と言って踵を返した。私は暫く荒木組の事務所を監視していたが、何か釈然としない気持ちのまま帰途についた。妙にイライラする。通りかかった路地にあるポリバケツを思いきり蹴とばした。くそっタレ!
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