社会の枠
第5章
翌日も3時に来た立花を強引に帰し、私は一人で出社した。いつもの様に階段で4階まで上がり鍵を開けようとした時、背後から羽交い締めにされ二人の男に顔面を殴られた。次にくるであろう攻撃に備えて腹筋に力を入れて内蔵へのダメージをくい止めたが、執拗な攻撃に腹筋が耐えられなくなり私は胃液を吐いて身体を丸めた。髪の毛を引っ張られ、目だし帽を被った男は『これ以上の詮索は止めろ。次は命がねぇぞ』と吐き捨て立ち去った。私は苦痛に顔をしかめながらドアを開けて中に転がりこんだ。すると、信じられない光景が目に入った。見るも無惨にオフィスの中がメチャクチャに壊されている。私は絶望的な気持ちと、身体の痛みに耐えきれず気を失った。目が醒めた時、一瞬どこにいるかわからなかったが、身体についてるチューブで病院のベッドの上だとわかった。すると看護婦が入ってきて『意識が戻りました?痛みはありますか』と声をかけてきた。私は『今、何時ですか』と尋ねると『夕方の5時です。運ばれてきた時は8時ですから、もう9時間くらい眠ってましたよ』と笑顔で答えた。『会社の方が、意識が戻ったら連絡してくれとおっしゃってましたが、電話していいですか』私がうなずくと部屋を出ていった。今回の取材がどこからか洩れていたとしか思えない。しかも関わっている関係者まで把握されているとみていいだろう。これ以上の深入りは危険だ。目だし帽の男が言った様に、次はもっと過激な妨害にでるだろうし、その対象が私とは限らないのだ。しばらくして医師と編集長の茂木、高石、立花と見知らぬ男が入ってきた。医師は『内蔵の出血はありませんが、肋骨にヒビが入っています。明日から脳波の検査などを行いますので、暫くは入院して下さい』と言って退室した。見知らぬ男が名刺を差しだし『新宿署の村田と申します。体調が良ければ事件当時の状況をお聞かせ願えませんか』と愛想笑いを含ませながら話しかけてきた。私はわかる範囲の事を全て話し、人相などはわからないと告げた。『仕事絡みの嫌がらせの可能性はありますが、心当たりはありませんか』村田は穏やかだが、目の奥には嘘は見逃さないという鋭い目線を向けている。私は悟られない様に『いえ、恨まれる様な事はないと思いますが…』と虚空を見つめて答えた。