しちがつなのか
すぐそばで声がして、声が出ないほどびっくりした。声の主は、いつもと変わらない無表情。
「大丈夫か?」
「大丈夫っ」
声に力を込めて答えた。
本当は、全然大丈夫なんかじゃない。
今すぐにでも、この場所から逃げ出したい。
大地震でも大津波でも、兎に角なんでもいいから来てほしかった。
「口紅、薄くなってる」
「え……あ、さっき人とぶつかっちゃったから」
「上向いて」
無表情の男は、口紅を手にしていた。
「いいよ、自分で……っ」
「動かないで」
顎を持ち上げられ、唇にそっと口紅がぬられていく。
どきどきどき……
さっきの緊張とは違う種類の緊張が、あたしを襲う。
「綺麗だな。由羅には、紅がよく似合う」
口紅が塗り終わると、ふわっと包み込むように、両頬に手が添えられた。
「失敗してもいいんだ」
「え……?でも……」