命しぶとく恋せよ乙女!

瞬間、背筋がゾッとした。きびすを返そうとするも、後ろに愛沢がいるのだ。そのままガシッと肩をつかまれて、顔から血の気が引く。
「離せぇぇえっ!!」
「やだもう、多架斗くんったら! そんなに照れないで!」
―――照れてねぇよ!
そのままズルズルと愛沢に引きずられるようにして屋上へさらわれる俺。ヘタなリンチの呼び出しより怖かった。
「やっぱり今日は天気がいいねーっ! ほら、から揚げ! デザートまであるんだからどんどん食べてっ!」
「お、俺は食わないって…!」
「今から行ってももう、購買のパン売り切れちゃってるよ? 走ってお腹空いたでしょ? ほらほらから揚げだよん?」
「くっ…!」
走らせたのはそのためでもあったのか…。その清純そうな容姿からは考えられないような策略だった。しかもやっぱりメニューは俺の好物ばかり。ここまでくるといっそ尊敬できる。
「…から揚げ好きだって誰に聞いたんだよ」
「ん? 前に多架斗くんがから揚げサンドおいしそーに食べてたからそうかなって!」
「………」
観察されてんのか俺。
愛沢は呆然とする俺にもかまわず屋上の鍵をガチャンと閉めた。「うふふ」と微笑みながらその鍵を指でもてあそぶ。…彼女が悪魔に見えた瞬間だった。
「さっ、いっただっきまーす!」
「…いただきます」
とても複雑な心境で弁当の蓋を開けた。どこまでも青く青く青く広い空。雲ひとつ見当たらないそれに心の中で舌打ちをする。こんなにいいシチュエーション(しかもとびきりかわいい女子と二人きり)なのにどうして素直に喜べないんだろう。
「…やっぱすごいな。弁当」
「? 何か言った?」
「…いや、」
俺は見目麗しいその弁当に感心しつつも、なかなか手をつけられないでいた。…本当に何も入ってないんだろうな。
「多架斗くんっ、食べないのっ?」
「え、あ…今食べる!」
―――ぱくっ、と。
半ば勢いに任せてから揚げを口に運ぶと、それはとてつもなくおいしかった。かりかりと香ばしい食感にレモンが程よく効いていて、出来立てのように温もりを持っている…あれ? 温もり?
「なんかこれ、あったかいんだけど…」
「出来立てだもんっ!」
「はぁあっ!?」
「家庭科室の鍵。私の常装備なんだよっ?」
…初耳だ。
いいのか、この学校。愛沢も、何者だ。普通怒られるだろ。


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