奥に眠る物語
少し考えて、私は首を縦に振った。

断る理由もないし、彼の友人を見てみたいという下心もあるから。

彼はホッとしたような顔をすると、コートのポケットから紙とペンを取り出してササッと何かを書いた。

「明日、そこに書いてある通りによろしく」

「は、はい」

渡された紙を握り締めて返事をする。

彼は少し微笑むと、立ち上がった。

「さて そろそろ彼が帰って来るようだから 僕はこれで失礼するよ」

「え、彼って・・・?」

私の質問に答えることなく出て行ってしまった。

カラン、と鈴が軽快な音をたてながらドアは閉まる。

私はよく分からないまま食器を片付けに行こうとしたときだった。

「あー、涼しい ったく、やっぱ夏は嫌いだ」

勢い良くドアが開かれ、ビックリして振り向くとそこにはオーナーがいた。

もしかして、彼が言っていたのはオーナーのことだったのだろうか。

「おかえりなさい ・・あ、そういえばこの前話した、ロングコートの青年がちょうど出てったとこなんですけど、すれ違いませんでした?」

「あ? 見てねぇな・・ ここ曲り角とかないから分かりやすそうだけど、な」

そういいながら買ってきたものをカウンターにドスン、と乱暴にのせて、いすを引き出して座った。

「ホント、暑い中買出し行くもんじゃねぇな 疲れるだけだ」

「もう少し涼しくなってからでも良かったんじゃないですか?」

「それじゃダメだ。 タイムサービスってもんは待っちゃくれねぇんだ」

経費削減のため、オーナーは近くのスーパーでおば様たちと乱闘しながら買ってくる。

バーテン服に見てくれがいいのもあって、絶対スーパーでは浮いてると思う。

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