短編集*虹色の1週間
澤木クリニックの出入り口とは別に設けられた、私用の玄関から澤木が出てくる。
手に、小さなゴミ袋を一つ。
やっと醸し出した生活感。
しかしその生活感も、
・テーブルの埃をちょこっと拭いただけのような、まだふわふわしているフェイシャル・ティシュー
・シュレッダーにかけた領収書類が少し
といった程度のものなのだ。
もっともそれは、外側からは見えないように、念入りに計算しているだけかもしれない。
澤木康平は、こう見えてなかなか慎重な男だ。
月曜の朝、8時17分きっかりに、澤木康平がゴミを出しに行くのには、理由があった。
澤木は朝型人間で、もっと早い時間にゴミを出しに行く事だってできる。
しかし、あまり早く出しすぎると、ゴミに含まれる個人情報が盗まれるかもしれない、と思っているのだ。
家から近くのゴミステーションまで、徒歩できっかり3分。
それで澤木は、収集車が到着する8時20分のちょうど3分前に、家を出ることにしている。
そうすれば、自分の手で直接、到着した収集車にゴミを捨てることができるのだ。
そんなわけで、澤木は今日も8時17分に家を出た。
芝生の庭を通り抜けて、公道に出る。
パリッとしたブルーのシャツに、すっと伸びた背筋。
ゴミを出しに行くだけなのに、通勤途中のサラリーマンより、ずっときちんとしている。
「医者だからね」
いや、断っておくが、澤木康平は本当に、そういう地の人間なのだ。