短編集*虹色の1週間
美帆は、とりあえずカウンターの内側に逃げ込む。
ここから中は、例え「OPEN」と書かれていても客は入れないスペース、と国際的に認知されているはずだ。
と、とりあえずお冷とおしぼり、あとメニューを。
美帆は動転している頭の中から、遠い昔に店の手伝いをしていた頃の記憶を必死に呼び覚ます。
とりあえず、形だけ整えればいい。
コップに氷を入れて、水道の蛇口をひねる。
塩素たっぷりだけど、ドンマイドンマイ。
次におしぼり・・・
あぁ、冷えてるのがないしぃ!
美帆は引き出しを矢継ぎ早に開け、見つけたきれいめのハンドタオル(多分、茶碗拭きだ)を水に濡らすと、冷凍庫に入っていたミックスベジタブルの袋に押し当てた。
これでちょっとはヒヤッとした感じになってくれ。
ここではたと自分の格好に目が行く。
起きたままの格好で下に降りてきたから、首周りの伸びきったTシャツにホットパンツという、仕事中の若い女性にはあるまじき服装であることに気づいた。
と、取り急ぎ、お母さんのエプロンを借りよう。
用意したものを盆に載せ、サラ男の席へ持っていく。
「い、いらっしゃいませ」
サラ男は、背広とカバンを隣の席に預け、最低温度に設定したクーラーから出てくる強烈な冷気を直に浴びて目を細めている。
美帆が近づくと、サラ男は壁を指差した。
その先に、いつ貼ったのか分からない、黄ばんだ手書きのお品書き。
「マスターの気まぐれ子猫ちゃんパスタセットを。飲み物は、アイスコーヒーで」
「わ、わかりました。じゃなくて、かしこまりました」