短編集*虹色の1週間
えーと。
「マスターの気まぐれ子猫ちゃんパスタセット」ね。
「子猫ちゃん」の部分はよく分からないけど、つまり、「こっちにおまかせパスタセット」ってことだ。
こう見えても喫茶店の娘、ナポリタンくらいは作れる。
楽勝、楽勝。
ケチャップとスパゲティさえあれば、こっちのもんだ。
そうタカをくくった美帆は、厨房の冷蔵庫を開けて衝撃を受ける。
フギャー!!!
ケ、ケチャップがないしぃ!!
ケチャップのビニールの容器は、お腹と背中がくっついて向こう側がきれいに見えている。
お、落ち着け、あたし。
ここで「やっぱりやってません」と引き下がるわけにもいかないだろ。
美帆はカフェエプロンの裾をまくり上げ、一段飛ばしで階段を駆け上がった。
家の冷蔵庫にはケチャップがあったはず!
ついでに魚肉ソーセージとレタスをゲット。
あ、そうだ、アイスコーヒーもだった。
水にも溶ける「ネスカフェエクセラ」のビンを脇に挟んだ。
ここで、まくり上げていたカフェエプロンが落ちてきて、再び足さばきが悪くなる。
ぴょんぴょん飛びながら階段のところまで来たが、両手のふさがれた状態で階段をぴょんぴょん下りる勇気は、美帆にはなかった。
片手をあけるべく、手に持っていたケチャップを口にくわえる。
エクセラのビンを挟んでいる腕で、レタスを抱き、魚肉ソーセージはエプロンとお腹の間に侍の刀のように挿し入れた。
・・・わたし、何やってんだろ。
ケチャップをくわえ、ソーセージをお腹に挟んで歩くなんて、十九の乙女がすることではない。
こんな姿を両親に見られたら、医者か祈祷師を呼ばれるに違いない。
でも。
サラ男が「美味しんぼ」に飽きる前に、「マスターの気まぐれ子猫ちゃんパスタセット」を完成させないと。
美帆は必死だった。
さっきまで冷房の一番きいている場所でダラダラしていたのに、今は動き回ったのとあせりのせいで、とても暑い。
額に汗がにじんでいたが、それをぬぐう余裕はなかった。