短編集*虹色の1週間
謝られたほうの根岸敦子には、そういう美的感覚はないため、自分がなぜ謝られているのかは理解できない。
澤木康平が開けてくれたガラス扉から無事脱出に成功すると、銀歯をにっと見せて、
「ありがとね、センセ」
と明るく答えた。
「根岸さん、ですよね?おはようございます」
根岸敦子の顔が、一気に興奮で赤く染まる。
「そう!センセ、一回しか行ってないのに、覚えてくれてるんだ!しかもノーメイクなのに、私って分かったんだぁ!センセ、すごい!さっすが医者」
とはしゃいだ。
誉められた澤木康平は、顔ではなく、その、一度見たら忘れる訳もない超攻撃的な柄のニットで彼女を認識した自分を、心の中で反省した。
あぁ、ノーメイクでも患者と判別できるようにならなければ。
私もまだまだだな。
「いかがですか、その後」
根岸敦子は、澤木の言う「その後」がどの後のことなのかを、起きたばかりの回らない頭で必死に考えた。
敦子が澤木クリニックを訪れたのは、先月の話だ。
あれからまた、真吾と色々、あったのよ。
直美と元カレも、もう大変だったんだから。
でも、あれ?先生に、こんな話までしたっけ?
「・・・胃の調子のほうは」
あまりにも敦子の目が泳ぎまくっていたため、澤木が助け舟を出した。
「ああ!そっちね!えぇ、そりゃもう、おかげさまで」
「そうですか、良かったです」