短編集*虹色の1週間


それは確かにジェイソンだった。

誤解を避けるために説明するが、
ホッケーのマスクをかぶっていたわけではない。
斧とかチェーンソーを手にしているわけでもない。
今日は13日の金曜日でもない。

そして、アメリカ人でもない。
生粋の日本人の顔立ちと体型だ。
いくらアメリカ合衆国が人種のるつぼだからって、この日本で彼を見て「Hello」と声をかける人は、皆無だろう。

駅の改札口とかスクランブル交差点とか、どこかで通りすがっているような気がしないでもない、どこにでもいそうな印象の薄い若い男。

でも小林には、彼がジェイソンだということが一目で分かった。

彼の白いTシャツに、

「Jason」

と大きくプリントされていたのだ。


ジェイソン・ナントカ。
下の名前は忘れたが、「13日の金曜日」とかいう映画に出てくる、殺人鬼の名前だ。
この映画が世に出たおかげで、怖いものがまた一つ世界に増えてしまったのだ。
こんな怖い映画を、わざわざ金かけて作りやがって。

小林は、怖さを通り越して無性に腹立たしくなってきた。
しかもその手の映画では、大抵最初の犠牲者は警備員で、しかも3秒くらいであっけなく殺されるのだ。
警備員の身にもなってみろ。バカヤロウ。


背後にはひとりでに鳴りだしたピアノ。
行く手にはジェイソン。
行くも地獄、戻るも地獄。

小林が、恐怖と腹立たしさに我を忘れかけた、そのとき。
小林は、前者と後者にある、一つの大きな相違点に気づいた。

待てよ。
ジェイソンは殺人鬼だが、オバケではない。
人間だ。・・・一応。


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