勇者に従え!
「生ジョッキ三杯ー、お待ちどう様です」
「おおっサンキュー!」
「兄ちゃんオーダー頼むよー!」
「はーい、今行きます!」
ガヤガヤと騒がしい店の中で、勇者はアッチへ料理を運びコッチへ酒瓶を運びと世話しなく行き来していた。
この店で働き初めてから早三週間。
三週間前のちょうど今頃の時間に俺は、カウンター席の向かいに居た店長、もといマスターに、いきなり店で働かして欲しいと告げたのだった。
マスターの返事はこうだった。
「裏の厨房行って皿洗って来い」
この人ッ、二つ返事すら省略していきなり仕事内容告げちゃったよ‥!!!
結局、その日勇者は、店の閉店時間まで永遠と食器洗いを続けた。
しかもマスターは勇者を無視して颯爽と帰路に着こうとしていた。
「やっ、ちょっとちょっとマスターさん!俺の事雇って下さるんですよね?」
急いで引き止めて念押しすると、マスターは暫く考えたあとに「明日はウェイターをやれ」と妙な真顔で勇者に告げた。
そして三週間経ち、今に至る。
お給料は毎週末に白い封筒に入れて渡された。
時間のある時は勇者は、街の外で肉体と精神の鍛練を怠らなかった。
お給料で錆びていない普通のソードを無事に購入できた。そのお陰で少し戦いやすくなって、勇者としてのレベルも幾分かアップしいた。
「ホワイトプリンセス、お待ちどうさまです」
勇者はカウンター席に背の高いカクテルグラスを置いた。
「あら!ゆーちゃん今日も頑張ってるわね!」
「ゆーちゃんって呼ばないで下さい‥、マダム」
「だってぇ、ゆーちゃんが名前教えてくれないんじゃないー」
そういってマダムは勇者の脇腹をペシペシと叩いた。彼女は、ここの店の常連さんだ。
「俺は勇者以外に名前はもちません」
「やぁだー、お堅いんだからもー、かわいいー!」
「‥。えっと、呼ばれてるんで、行きますね俺」
俺が勇者だからゆーちゃん、らしいのだが、彼女が呼び出してからというものの、何故だか僕の呼称として定着してしまった。
ちなみにマスターは僕を『ゆう』と呼ぶ。
‥まぁいっか、呼ばせておけばさ。
僕はよく冷えたジョッキに機械でビールを注いだ。
今夜の月は細長い三日月だった。