優しい旋律
約束の時。
ぽろん、ぽろん、とピアノが消え入るような声で歌う。
すでに約束の時間は過ぎていた。
やっぱり、来てくれないんだ。
彼女は両手を鍵盤の上に揃え、椅子に座った。
せめて、たった一人だけでも。
彼女は、目を閉じ、1人想う。
自分は、手にすることが出来たのか、と。
優しく、温かく、それでいて切なく、儚くもある、
そんな旋律を奏でられる技能を身に付けたのか、と。
そして、・・・先生に少しでも、近付くことが出来るようになったのか、と。
3年、部員として活動して。
2年時の後半は、部長も務めた。
先生は相変わらず無愛想だったけど、
でも、昔覚えた冷たさは、いつの間にか感じなくなっていた。
そして、時々見せる微笑みが、
彼女にとって、何よりも素晴らしい瞬間だった。
大げさなのかもしれない。
それでも、彼女は本気で思ったのだった。
先生の笑顔を見るために、頑張りたい、と。
もう、それもできない。
彼女は目を開け、ピアノの鍵盤に両手を揃えた。
その時であった。