優しい旋律
彼女は、右手に退部届を強く握り締める。
皺ひとつなかったはずの紙に、少しだけ皺が寄り、
手に書いた汗で、その紙は少し湿っていた。
しかし、彼女の頭の中では、そんなことを気にする余裕も無く、
昨日の練習中に言われた事が、螺旋を描くことで一杯だった。
「練習の成果がその程度か?」
冷たく言い放されたその一言が、彼女の柔らかい心に鋭い棘のごとく突き刺さる。
周囲の部員達は、またいつもの事が始まった、と気にも留める様子もない。
しかし、彼女はその言葉にひどく傷ついた。
これまで先生に注意された事を忠実に守ってきて。
言われた通り練習してきたはずで。
その結果が、その言葉だけであった。
どうして・・・。
言葉にならない想いが涙と化し、頬をつたう。
それを見て、いつもと違う様子に気がついた、
側にいた先輩の一人が彼女を教室から連れ出した。
しかし、その先輩は何も言わず、ただ彼女にハンカチを貸しただけであった。
「もう無理」
初めて心からそう思った。
途中で投げ出したくないという意地が、彼女をこれまで部に留まらせていた。
しかし、今、それは粉々に砕け散ってしまった。
どんなに頑張っても、返ってくるのは冷たい批評。
中学時代、学校一のピアノ演奏者として、重宝されてきた彼女にとって、
それは侮辱に匹敵するものであった。