野球が嫌い。あんたも…大っ嫌い!
「おばさん元気?」
「元気だよ。庭で会ったりしない? 庭の手入れしてる時とか」
「んー、帰りはいつもこの時間だからな」
外灯と家々から漏れる温かい光を頼りに、他愛もない話をして2人で歩く。
こんな風に2人で歩くのなんて何年ぶりだろう。
きっと中学に上がって初めてなんじゃないかと思う。
それでも体に染み付いている健太との思い出がこんな少しの時間でも離れていた距離を一気に縮めてしまう。
……だからこそ、あたしは健太との少しの時間でさえも避けてきたんだ。
このあと必ず押し寄せる“寂しさ”という感情の波があたしを待っているから。
どんなに近づけても、結局は野球へと戻ってしまう健太。
野球がこの世界からなくならない限り、あたしは健太と心から笑いあうことはできない。
――できない、けれど…
あたしが1番欲しかった時間はこれだった。
今日、健太と過ごしてみてわかった。
健太と他愛もない話をして、健太の隣にいること。
健太と一緒の時間を過ごすこと。
紛れもなくこの時間だった。
ふとその時、
近づいてしまったことで、あたしの中で何かが壊れた音がした。