ますかれーど
一片の、雲もないはずの蒼い空。


薄いヴェールに覆われていたことに

気づくはずもなく。





ーーーーーーーー‥





朝もお昼も放課後も、彼は来なかった。

当たり前なのに。

もしかしたら‥なんて思ってた自分を嘲る。


傷つけてしまったのは私。

闇に魅入られたような、あんな瞳にしてしまったのは私。


私が落ち込むなんて、お門違いだよ。



「心、私今日、部活終わるの遅くなるから」

「あ?あぁ、大会、近いもんね」

「ん。馬の調子が良さそうだから、今日はいっぱい練習するわ」



袴を着て弓矢を持つ麗花は、凛々しく美しい。



「じゃ、夕飯作って待ってるよ」

「ん。楽しみにしてる!2人分で良いから」

「え?拓弥さんは?」

「急な出張らしくって。あと‥」



麗花は、なんとなく気まずそうに顔をしかめると、少し小声になる。



「兄貴も、帰って来ないと思うから」



ドクンと跳ねる心臓は、悲しみを帯びて苦しくなる。



「最近、帰って来ないんだ」

「そか。分かった」



私は、笑顔で麗花を見送る。

ひらひらひらと手を振って、早く帰ってきてね、なんて思ってみる。


新婚さんみたいだ。





ーーーーーー‥






夕飯の材料を買い、紅澤家の扉を開ける。



「おじゃましまーす」



なんて言ってみるけど、なんの応答もない。当たり前か。


部屋着に着替えて、台所に立つ。


もう、我が家同然だね。



独りになると考えてしまう、色んなこと。

そんなことを考えないように。私は、お母さんに教えてもらった、“天使の歌”を唄う。




ーー~~~~~♪♪




優しい旋律に乗せた、よくわからない言葉。その中に聞こえる、愛、天使、唄、の言の葉。


この歌は、何を伝えようとしてるんだろう。




その時、ダイニングのドアがガチャリと開く音がした。



「お帰り、麗花♪早かったんだ‥ねーー‥」



カウンターキッチンの向こうのダイニング。


そのドアを開けた格好のまま固まる、背の高い人。



何ヶ月かぶりに合った、蒼と紅茶色。




周りの風景も、
周りの音も、


サァァっと消えて、


取り残された
その空間には、





あなたと私


ーー‥2人だけ。





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