ますかれーど
あれから幾日かが経った今日。

月はどうやら夜が待てないらしくって、少し欠けたその姿を早々と見せていた。

昨日が満月だったから、これは十六夜月‥だね。


青と橙と紫と‥そんな空を見上げながら、いつもみたいに病院へと入る。


毎日持ってくる牛乳は、お母さんが早く目覚めるようにっていう、いわば願掛け。

目覚めても、すぐには飲めないだろうにね?


……腐るかな?

小さな冷蔵庫とか、あった方が良いかな?


お父さんに相談してみよう。そう思った時だった。



「う‥ぅ」



呼吸器の所為でくぐもった、お母さんの綺麗な声。



「お母さんっ!?」

「‥ぅ…ーぅーー‥」

「お母さんっお母さんっお母さんっお母さんっ!!」



私はお母さんを呼びながら、ナースコールを連打した。



『銀崎さん!?どうしましたか?』

「お母さんがっ、しゃべった!!」

『今行きますっ』




ーーーーー‥




私、下弦の月って

ーー‥キライなんだ。




ーーーーーー‥




「会わせたい人を、呼んでください」



その言葉が、何を意味するのかーー‥


麗花や優花さんが、涙を零す。

お父さんと拓弥さんは、携帯電話を持って病室の外へと出ていった。


お父さんは去り際に、その大きな手を私の頭に乗せて、にっこりと優しく微笑んだ。


“笑え”


そう、言っている気がした。

頻繁に声をあげるようになったお母さん。

いつ目覚めても良いように。目を腫らす訳にはいかないもん。



お母さんに縁のある人たちが、次々に病室へと訪れて、手を握って言葉をかけてゆく。


紫藤先生は、お母さんのことを相変わらず「黒姫」って呼ぶんだ。


みー姉は、「昔みたいなおせんべ作ったよ」って、お母さんとお父さんと私の名前が書いてある、顔くらいおっきなお煎餅を持ってきた。


それから、

オレンジ色っぽい髪の毛をした、双子の美形おじさんも来た。

昔、あの紅澤邸に一緒に住んでたんだって。少し、お母さんとお父さんの高校時代の昔話をしてくれた。


あと、ウィーンの教会の神父さまが来た。

お父さんみたいな銀色の髪の毛で、私みたいな蒼い瞳をした綺麗な男の人。

たまたま日本に居たらしい。

お母さんたちが、結婚式を挙げた教会の人なんだって。


お母さんの周りには、笑顔がいっぱい。
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