ますかれーど
「行くか?」



車の屋根に乗せた灰皿に、吸っていた煙草を押し当てたその人。

行くかって‥どこに?

そういえば、行き先を聞いてなかったな。



「心は左が良いんだよね?」



そう言った麗花は、運転手の真後ろの席に乗り込んだ。私も麗花の隣に座る。

するとそこに、キレイな包装紙に包まれた、手の平くらいの箱が置いてあった。……これには見覚えがある。



「これ‥」

「俺の鞄に入れっぱだった」



あの時‥気づいたら膝の上にあった箱。



「あー。あん時、兄貴に預けたやつか。開けてみれば?」

「‥うん」



キレイな包装紙を、ひと折りひと折り丁寧に剥がしてゆく。

出てきたのは、真っ白で上等な箱。フタを開けるとーー‥



「香水‥?」

「香水じゃん。しかも2つ」



キラキラと光る、小さめの香水瓶が2つ。綺麗に並んで入っていた。


紅(くれない)の、丸い瓶と

濃紺の、四角い瓶。


色も形も対照的な2つ。



「それ‥もしかして」



そう言うなり、なんとなく悲しそうな顔になった麗花。

もしかして、これの贈り主を知ってる‥?



「麗花?」

「あ?あぁ‥ごめん。何でもない」

「何か知ってるの?」

「んー‥また後で話すよ」



チラリと運転席を見た麗花は、言葉を濁す。



「ちなみに、その紅のやつは兄貴のと同じだよ」



「ね、兄貴!」って言いながら紅の瓶を運転手に見せた。



「ーー‥あぁ」



今はつけていない、昔から好きだった香り。

それがこの瓶?

キラリと朝陽を乱反射させる紅の丸い瓶は、私のナカをきゅぅんと締め付ける。



「その紺色のやつは……たぶん、噴き出してみれば判ると思うよ?」



ということは、私の知ってる人‥なの?



「車ん中でやんなよ?」



低く響かせた声には、怒りの感情が見えた。

この人も、これの贈り主が判ってるみたい。



「行くぞー」



ハンドルを握る長い指先。後ろ姿。


お腹がきゅんと苦しくなって、何故だか切なくなったこの感情。

紅く乱反射する香水瓶が綺麗だから。その光が眩しいから。

その所為だ。きっと、その所為なんだ。


私は、その紅の丸い瓶をスカートのポッケに入れて、きゅっと握りしめる。

“大好きだった”この香り。あの人はもう、つけていないのに‥
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