ますかれーど
「くっくっ分かった。僕が起こしに行くよ」

「ありがとうございます。ふふ」


暖かな光が射すこのテラスで、僕は父に言われたことを考えていた。

僕ももう、次の春から高等部。でもあと1年も先の話だ。

言われたとおりに中等部で生徒会長になった。
言われたとおり、常に学年トップの成績だった。

全ては、父の思うままにーー‥



「愁一兄さんっ」


無邪気に呼ばれた僕の名前。千秋が呼ぶこの時だけは、僕が僕で居られる気がした。


「俺、母さんの会社へ見学に行けることになったんだっ」

「おー。会えるかな?」

「時間が合えば、会わせてくれるって」


僕と同じ紺色の瞳をキラキラと輝かせながら、興奮気味に話してくれる千秋。昔から憧れている歌手が母の会社に居るんだ。


「兄さんも行く?」

「いや、僕は良いよ」

「そっか。楽しみだなぁ」


千秋が笑っていれば良い。
千秋が楽しそうなら良い。

この家の枷は全て僕が引き受けよう。

どうか、どうか、お前は自由に生きてくれーー‥


「兄さん?」

「ん?」

「だい‥じょうぶ?」


こいつはこいつなりに、気を使ってるんだろう。何かを察していても、そういう風にしか聞かない。


「あぁ、大丈夫だよ。それより‥」


僕は椅子の傍らに立っていた千秋のおでこを小突く。


「わ、何だよ」

「明日から凉がお休みだってさ」

「えっ」

「朝は僕が起こしに行く。ちゃんと起きろよ?」


長めの前髪から見える大きな紺色が、さらに大きくなる。


「兄さんがっ!?」

「なんだ不満か?」

「だって兄さん、起こし方が荒いんだもん‥」


頬を膨らましながら怒りを表す千秋。これは姫衣と一緒だ。


「じゃ、カズに頼むか」


そう言って立ち上がり、電話へと近づくと……


「待って兄さん!待って!そーれーだーけーはー」

「くっくっ」


3年前のあれがよっぽど怖かったんだろうなぁ。中等部に上がった今でも、すごい拒絶反応だ。


「兄さんって、意地悪だよねっ」

「まぁね」

「俺で遊んでるよね」

「まぁね」


穏やかに流れる時。

歪な中にも平和がある。幸せがある。

それだけで良い。


暖かな春の風が揺れ、草木はざわめき、花々は癒やしの香りを放つ。


多くは望まない。
このままで良い。

どうか、このままでーー‥
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