ますかれーど
「ーーっ!!ーょ!」

「~、‥ーーっ!?」


ある休日の朝早く。
こんなに広い家なのに、屋敷全体に聞こえてるんじゃないかってくらいの怒鳴り声で目が覚めた。

誰が言い争ってるのかなんて、見に行かなくても分かる。

ここ最近、顔を合わせればいつもこうなるから。


「兄さん‥」


千秋が静かに僕の部屋に入ってきた。

千秋はまだ幼い。
2つしか違わないけど、ついこの間まで小学生だったんだ。


「兄さん、俺‥」


日に日に酷くなる怒鳴り声に、千秋は怯えっぱなしで。


「大丈夫だよ。またすぐに収まるさ」

「‥だと良いんだけど」


長い前髪から覗くのは、僕によく似た紺色の、兎のように怯えた瞳。


でも、今日の喧嘩はいつもよりも長くて。

怒鳴り声もどんどん大きくなっていくばかり。

千秋は耳を塞ぎながら僕の布団の中に入り込み、僕の寝間着の端をぎゅっと握ってうずくまった。


「大丈夫だ」


そう言って頭を撫でながらかけてやる言葉は、その場しのぎの気休めでしかない。

僕は分かっていた。

もしかしたら、千秋も感づいていたのかもしれないな。





こんな日が、くることをーー‥





コンコンとノックされたドア。僕が「はい」と返事をすると、入ってきたのは執事2人。


「お目覚めでしたか」

「あぁ。凉よりも早い目覚ましが鳴ったからね」


そう皮肉ると、彼女は悲しそうな笑顔を見せた。


「千秋さまもこちらにいらしてますね?」


大きな体から放たれる低い低い声は、今にも泣き出してしまいそうで‥。


「ああ居るよ。‥泣くなよカズ」

「すみません‥っ」


凉が差し出したハンカチで零れそうな涙を拭って、鼻をかんだカズ。

凉はハンカチの返却を拒否した。


「用件は?」


言いにくそうな2人を後押しするように、僕は声をかける。


「「はい‥」」


2人の瞳が真っ直ぐに僕を捉え、その口を動かす。


「千秋さまを奥さまが」

「愁一さまを旦那さまが」

「「お呼びでございます」」


いつの間にか訪れていた静寂に、小鳥の声がよく響く。


千秋は執事2人の声が聞こえていたらしく、僕の寝間着を更に強く掴んで離さない。


僕を行かせないように。
自分が出て行かないように。



小鳥の美しいさえずりが

何故だかとても

悲しく聞こえる。

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